この数年、トレイルレースやマラソンの競技中に度重なる怪我(外傷)を負い、そこから立ちあ がろうとする中で見つけたこと、見失っていたことについてお話をさせて頂きました。
いわば、しくじり先生のつもりです。
今は情報は何でも手に入ります。
アプリもある。
分析もできる。
頭で考えて「こうすればああなる」 「ああすればこうなる」とイメージをする。
どうやったら上手くいくか。
どうやったら結果が出るのか。
ルートや手段、その組み合わせ方に答えがあるのだと模索してきました。
自分の専門分野で、経験値もあって、状況を理解しながら前へ進めていると思ってやってきまし た。
でも、ある時から歯車が噛み合わなくなりました。
合わせようとすればする程、噛み合わなくなる。
小さな怪我は連鎖し、大きな怪我に次々とつながっていきました。
僕は結果を出そう、勝ちたい、タイムを出さなきゃと思うあまり、焦りで自己コントール能力を 完全に失っていました。
看板を守るため、 より名前を売るため、 自分が本物であると証明するため、 僕は焦りに支配されて、心を「今」から違うどこかへ失っていました。
焦りというのはミスを生みます。
ミスは焦りを生み、またミスへつながります。
自分は焦っていることに気が付かなくても、周りから見たら焦っている人というのは凄く目につ くんですよね。
だから、整体に限らず、心の根底に焦りがあるプレゼンや情報発信というのは、取り繕う程にそれ が滲み出てしまいます。
僕が焦りの中で見失ったのは、感じるということでした。
「今ここにあるものにフォーカスする」ということが、思考や頭脳中心になると出来なくなって しまうんです。
データ、数字になるものは、目の前で起きていることの中のほんの一握りです。
数字にならないものの方が遥かに多い。
人の体はそこにあるものを感じ取って、状況に応じて自己を最適に調整するという能力を持って います。 全ての答えは「リアル」の中にあったんです。
何の意味があるか、どんな価値があるのか。
僕はそれを何年も考えてやってきました。
どれだけ自分のやっていることにバリューがあるかということです。
でもそれは、頭で考えた世界です。
それを積み重ねて行った先に、何が残るのだろう?
それよりも、今この瞬間にあるものにどれだけ観察力を注ぎ込めるか、エネルギーを集められる かを追究して生きた方が、ずっとずっと先へ行けるのではないか。
そこまで考えて、ふと気がつきました。
自分は思考するタイプの人間ではないんじゃないか。
1分1秒をどれだけ濃く生きられるかという、刹那に心血を注ぐ生き方が性に合っているんじゃな いかと。
どれだけワクワクできるか。
どれだけ魂が震えるか。
それを楽しんで生きていった方が、自分の中に眠る力を引き出せると共に、毎日が面白くな る!!
そう確信して日々を生きています。
Don’t think,feel これが僕のMy lifeです。 ありがとうございました!